月刊ブシロード

おおよそ日刊月刊ブシロード

惑星クレイ物語



文:ノ霧(ツイッターアカウント:nogiri1009


月刊ブシロードで連載中の「惑星クレイ物語」で語る事ができなかった謎。
影の英雄と奈落竜の物語。 なぜ滅びたはずの奈落竜が存在するのか。
ブラスター・ダークと彼が共闘する理由は。 謎の一頁が、ここに紐解かれる。

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一寸先すら闇に閉ざされ、闇が世界を支配する時。
新月の夜が訪れる度、人々は月明かりの貴さを痛感する。
その月明かりすら届かないだろう薄暗い獣道に、多くの火が灯り、瞬く間に消えた。
一つの戦いが、静かに終わりを迎えたのである。

「隊長さん、敵先発隊の捕縛は完了したわ」
「ご苦労だった。あとは王都の連中に任せ、我々は一時撤退する」


“シャドウパラディン”の魔女「フィアナ」。
彼女の真剣さを欠く様な報告に対しても、「ブラスター・ダーク」は常と同じく、眉一つ動かさず冷静に返した。

「了解よ。貴方は?」
「……すぐに向かう。しばらくお前に指揮を任せたい」
「人使いの荒い事。冗談よ、怖い顔しないで」


軽口を叩いて去るフィアナに目もくれず、彼は眼前の景色だけを見ていた。
戦いの残滓が残る戦場跡ではなく、その反対側。
灯り一つ見えない、暗闇を。

 

星輝大戦に勝利し、崩壊を免れた惑星クレイ。
長らく星輝兵の脅威に晒されていた民は、異界の侵略者が引き上げた事で、世界は恒久的に平和になったのだと勘違いしていた。
早計である。 世界は侵略者が現れる前に戻っただけである。 共通の敵がいなくなり、一部の国家間に不穏な空気が流れ始め、他国を領土に加えようと強硬手段を取る国まで現れる始末。
ユナイテッドサンクチュアリと、ドラゴンエンパイアの関係はまさにそれにあたった。

“この世界”において、安易に動かす事のできない正規軍では対処が後手に回る事も多かった折、非公式の独立部隊として騎士王の傘下に入った部隊、それが“シャドウパラディン”。 騎士王の勅命で、聖域の暗部を担う影の騎士団。
許可なく領域に侵入した輩を、秘密裏に片づけるのも彼らの役割である。
今まさに、彼らは進行していた隣国の先発隊に奇襲をかけ、これを撤退に追い込んだばかりであった。
しかし――


「やはり、今の世界はどこかおかしい」

「俺達が引き起こしたあの内乱の時から、ずっと感じていた違和感……」

「いや、何かが欠落したかのような、この喪失感ともいうべき感覚」

「間違いない。 以前より、確実に増している」


団長である影の騎士の筆頭、ブラスター・ダークは、とある問題を抱えていた。
今まで不意に感じていた世界への違和感が、日増しに強くなっていたのである。


「貴様も、感じていたか」
「……まるで同じ違和感を感じているかのような口ぶりだな」

「いや、俺達はいまや盟約で縛られた運命共同体。これだけ強い感覚であれば、共有してしまうのかもしれないな」


不意に耳に届いた声にいささかも驚くこと無く、ブラスター・ダークは相槌を打った。
少なくとも、彼の周囲に人影は見えず、声の主はいないように思える。
しかし、彼はどこに視線を向けるでもなく、前を見据えたまま話を続ける。
そして、声もまたその言葉に答え続けた。


「不便だとは思うが、これもお前が存在する為の措置だ」
「不便などと思った事は唯の一度も無い。貴様の温情に感謝こそすれ、嫌悪など欠片もせぬ」
「やめてくれ。そこまで言われると俺の方が居心地が悪くなる」
「失言だったか」
「気にするな」


かつて、“シャドウパラディン”は神聖国家に反旗を翻した反乱軍だった。
内外からの干渉を受け、戦は混迷を極めたが、今や英雄と謳われし騎士王「アルフレッド」率いる正規軍の猛攻により、内乱はほどなくして鎮圧された。
その後、首謀者は討たれ、残党は聖域から追放されたと記録されているが、これはあくまで表向きの発表に過ぎない。

戦いの中、肉体を維持する魔力すらも使い果たし、ただ消滅を待つのみの魔力塊となっていた「ファントム・ブラスター・ドラゴン」。
いつか朽ち果てるのを待つだけだった彼を救ったのは、境遇を同じくする影の騎士。
光を愛し、求めすぎたが故に、哀しくも闇に堕ちた者。


「そもそもお前を助ける事が出来たのは、この兵装のおかげだ」

「俺がこれを使いこなせていれば、もっと早く復活できたかもしれない」

「この撃退者としての力、あの時にあれば――」
「先に告げた通りだ。我が貴様に送るは賛辞と感謝のみ」


唐突な懺悔は、同じく唐突な謝辞によって阻まれた。
重く深い声が、淡々と言葉を紡いでいく。


「我らは確かに闇に堕ちた。一度闇に堕ちた者が、再び光と相成る事は無い」

「なればこそ、我らは闇に生きる影として、命ある限り聖域の光及ばぬ域を護らねばならぬ」

「其れが、貴様と我に課せられし、唯一にして絶対の業」

「我らは其れのみを考えて進めば良い」
「……その通りだな」


流れるような言葉の応酬が、ここにきて初めて止まった。
目を閉じ、押し黙るブラスター・ダーク。
重々しい声も、彼を急かすような真似はせず、沈黙を貫いていた。
そして、夜が白み始めると同時に、彼はそっと眼を開いた。
まるで、光が訪れるのを待っていたかのように。


「夜明けか……ぐぁっ!?」


ゆるりと空に広がっていく白い光を見た瞬間、ブラスター・ダークの脳裏に走ったのは鈍痛にも近い強い衝撃だった。 痛みと共に頭の中を駆け巡ったのは、強い力を持つ白い光のビジョンと、対抗心にも似た感情。


「っ……なんだ? 今の衝撃は、あの光は?」

「まさか、俺達の世界から抜け落ちているのは、光にまつわる物なのか」

「それが失われた事で、歯車が狂い、過去、現在、未来――この世界の事柄全てに影響を及ぼしているとしたら……」

「歴史が――いや、世界そのものが改変されたとすら考える事ができる……。にわかには信じがたい話だが」


困惑するブラスター・ダークに呼応するように、彼の周囲の空間が歪み、揺らめいた。
一瞬の揺らめきの後、背後に現れたのは巨大な影。
“今の世界”においては、絶望の淵より蘇りし、奈落から帰還した影の戦士。


「永遠を見届ける賢者、異界からの侵略者すら現実に存在する世界だ。 如何な現象が起ころうと、何ら不思議ではない」
「それを踏まえても、今回の事は予想の範疇外だ。 まさか、過去に干渉できるような奴が現れるなんて……!」
「あくまでこれは仮説。 確信を持てぬまま、結論だけを急くのは愚行だ」


突如脳裏に走った謎の痛み。 関連付けられた可能性。 浮上した突飛な仮説。
ファントム・ブラスター・ドラゴンがブレーキをかけなければ、ブラスター・ダークの思考は、それこそ彼の体力が尽きるまで迷走を続けていたかもしれない。


「我が魂の片翼よ。 己の為すべき事を見失うな。 見定めよ」

「あの時、貴様が我を世界につなぎとめる為、かの魔女にかけられた呪いを忘れたか」


かつて、消えゆくファントム・ブラスター・ドラゴンを救う為、ブラスター・ダークが行ったのは、自身と奈落竜の魂を繋ぐ事。儀式に成功した彼らに、言の葉の魔女と呼ばれる大魔女が求めた対価は「魂の一部」だった。欠損した彼らの魂は最早一つでは機能しない。
一方が命を落とせば、もう一方の命も失われる。 翼を失い地に墜ちていく鳥のように。


「……忘れるものか。 あの時、俺達の魂を繋ぐ対価として、刻まれた言葉も」


魔女は彼らの魂をただ削ぐのではなく、ある言葉を削り出した。
それは彼女なりの皮肉だったのか。 居場所もわからない今となっては知る由も無い。


「Abyss……奈落、か。 今にして思えば、我らに相応しき言の葉よ。 だが――」
「そう、俺達は奈落の恐ろしさを誰よりも知っている」


光に抱かれている内は決して気づく事ができない己の弱さ。
一度闇に堕ちた者だからこそわかる、想いの重み。


「我が魂の片翼よ。 我は貴様の内にある全ての覚悟と信念を知る唯一無二の存在」

「我が滅んでいた未来が存在するとしても、だ」

「今ならば思う。 貴様は必ず今と同じ道――影なる道を、光を支えながら歩んでいると」
「バカな話はやめろ。 俺は、ただの罪人だ」


今一度、光に焦がれた訳ではない。

ただ、世界の欠落を埋める為。

かつて、そこにあった何かを取り戻し、あるべき姿を取り戻す為。


「戻るぞ」
「ああ」


影の騎士と竜は、共に光の彼方へと、進み出した。





【惑星クレイ物語、次号(8月号)プチ予告】
ブラスター・ダークの脳裏に浮かんだ「光」とは?
「光」を奪い去った者の正体と、その目的とは?
世界から「光」が失われた謎が、ついに語られる!